我が家の思い出。2
子ども達が大きくなると、少年野球やカヌー競技等でキャンプに出掛ける事が少くなっていき、夫は長男のカヌー競技の送迎等をするようになった。
私は次男の少年野球。
習い事等をどうしていくかを話合った時、
「子ども自身が選ぶ選択肢を広げてあげるのも親の役目」と言っていたなあ。
スイミングやそろばん等など、行ってみて本人達が続けるか辞めるかは本人の選択。
なのでスイミングもそろばんも野球も、本人達がもう行かないとなったら否定はしなかった。
でもきっと心の中では、続ける事が出来ないのは根性がない位に思っていた様子。でもそれを口に出すことはなかったように思う。
長男がカヌー競技で悩んでいる時高校でのカヌー競技とチームとして入っているカヌー、どちらをやるか…、高校はカヌースプリント、チームはカヌースラロームと同じカヌーでも競技によって漕ぎ方が変わったり、筋肉のつき方も変わるらしい。
でも長男は高校のカヌーでインターハイに出たいと言いスプリントを選んだ。見事インターハイ県の代表となって大会出場を果たした。その時も長男自身の気持ちを尊重して認めてはいた。
高校を卒業してからはスラロームに転身し現在に至っている。
長男は大手の会社でカヌースラロームの選手として働き始める。
次男も大学を卒業後、大手の不動産会社に勤め始めた。
しかし2人とも、会社を辞めてそれぞれの道を選び過ごしている。
長男は地方のスポーツ協会。
次男は文を書いて生活している・・。
それぞれの仕事で、しっかり生活できているので、OKとは思うが。
昭和生まれの夫は彼らを認めながらも、心のどこかで一般的な会社員で将来も安定している仕事を選べばいいのにと多分思っていただろうなぁ・・・。
私自身も子どもたちを認めてはいるけれど、彼らの将来を考えた時に、大丈夫かなと不安になる。
子どもたちはもう大人なので自分の考えで生きて行けばよいとは思っていても、我が子はいつまでも我が子。
心配になってしまうのは当然。あとは信じるだけかな?
今回の事で、私は息子たちにとにかく助けられた。
長男が11月からカヌーの練習の為に帰省していて、朝夫を見つけたのは息子。
慌てながらも、しっかり私に指示をだし・・。私はパニックだったのでただ叫ぶばかり・・・。
何もできなかった・・・。息子がすべてやってくれた。
こんなに頼りになるまで成長してくれていることに感謝。
なにもできない私をとにかく支えてくれていた。
こんな風に子どもたちが育ってきたのも、夫のおかげなのかもしれない。
今は遠く離れているけれど、ラインで必ず、「無理しないでね」の一言・・。
ありがとう。感謝しかない。
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