6月に入ったけれど・・・5月病?!
近所の小さな子どもの泣き声が時々聞こえてくる。
兄弟喧嘩らしい・・。
子どもって、言葉で上手く気持ちを表現できない分、大きな声で全身を使って泣く。
なんだか、そんな風に泣けるの羨ましいなぁ・・・。
保育園の子どもたちも感情を体で表現したり、態度で表現したり、時には相手を噛んじゃったり叩いたりすることもあるので私たち大人からすると、危険回避が必要だったり、気持ちを言葉に代弁することが必要だったりはするけれど。。。。
でも、そんな風に泣けたり「自分」を表現できるのって・・いいなぁ。
大人になると思い切り泣く事も出来なくなり、気持ちを表現したくても、相手の気持ちを考えたり、また表現した後の関係性を考えるとぐっとこらえたりしてしまう事って、沢山あるんじゃないかな。
それが大人であり、人間なんだろうけれど・・・。
そのうち自分の本当の気持ちや自分の求めている物や考え方にまで疑問を持ってしまい、どうしようもなくなってしまう。
なんだか、疲れちゃったね。
いったい私はどうしたいのかもわからなくなってきたし・・・。
子どものように大きな声で悪態ついて(笑)
大きな声で全身使って泣きたいなぁ。
その為に、私は時々泣ける映画やドラマに逃げ込んでしまう。
たぶん逃げ込んでいるだけで、今ある問題にまったく向き合っていないし、映画で泣いてもまた振り出しに戻って、もやもやする。
「自分を見つめる」事を以前旦那との関係がうまくいかない時に気持ち切り替えた時にやってみて、すごくすっきりして、旦那との関係も良くなってきたことがあったけれど、
自分の考え方が変わればまわりも変わることはわかってはいても、今は動けずいる。
自信も目標も目的も今はなくなってしまっている。
早くこのトンネルを抜けたい気持ちはあるけれど・・・。
これは、5月病なのかな(笑)
私自身がもともとネガティブ思考なんだろうね。
すぐに考えすぎちゃう。もっと気楽に考えたらいいのにと思うけど、なかなかこれが難しい。
病名が付くと意外とすっきりしたりすることがあるよね。
自分を客観的に見つめられるからかな?
毎日のルーティンもなんだかすごくマンネリ化してきていて。
食事もたべなきゃという使命感?
たまに料理しても、ひとりで食べるとつまらない。
さんざん旦那に作るの面倒!そして、作ってもたべたり食べなかったりしていた彼に激怒していたけれど、それでも毎日これなら食べるかなとまるで子どもの物を作るみたいにちょっぴりの期待とすこしのわくわくと、食べてくれたら嬉しいと思う気持ち。
関係がうまくいかなくても、誰かを思って誰かの為にしている事って私にとって大切な時間だったんだなと改めて感じる。
自分以外の誰かが喜んでくれることは嬉しい。
だから子どもたちが私が作ったおもちゃで楽しく遊んでくれると嬉しい。
自己満足なんじゃないかと言われようとも。それが保育の醍醐味だと思っている。
嬉しい気持ちと楽しい気持ちが合わさると、相乗効果。
そんな風に生きていきたいけれど・・・。
でも、文章にしたら少しだけ気持ちが見えてきたかなぁ。
アウトプットで大事だね。
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